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愛について1

 

久しぶりに文章を書こうと思った・・・

今日の勉強会は一人だったので、生徒のO.Sさんを連れて箕面にある「勝尾寺」に勉強を兼ねて参拝に行った。

O.Sさんはいつも髪の毛を綺麗にしてから当勉強会に来ている女性で、身近に結婚というものが控えている。

なるほど、女性というのは好きな彼の前では常に美しくありたいと願っているのが良く分かった。
私はその女性を連れ参道を歩いているうちに、最初に勉強会に来ていた頃とはずいぶんと
変わってきたことに感動していた。
一年前、勉強会に参加しだした頃の彼女は自分に自信がほとんどなかった。

人間の心は本当に良くも悪くも瞬時に変わってしまうものなんだと思ったのである。

皆さんは思わないだろうか?
一年前に好きだった彼を今日嫌いになり、結婚前にはあんなに好きだった主人を今はこんなに嫌になっている。

本当に人の心は複雑なのだと思わずにはいられない。

勿論、この私自身もその最短にいる人物であることは間違いない。
本堂の横には四国88ヵ所の祈願のお砂踏みがある。
私のところにやって来た時、男性にあまり興味を示さない様子で、様相も少なからずぼくとつだった彼女が、

人間的にも女性的にもこんなにも成長し、そしてけなげに一人の男性を心から愛して

一体一体の仏様に感謝と彼との結婚を思って手を合わせる姿に感動し、すこし涙ぐんでしまった。
本当に人の心は一年でこんなに変わる事ができるのだと……

そして私も彼女の後ろを追うように一体一体の仏様に気持ちを込めて祈願する事ができた。

心から祈願する事ができたのは久しぶりな気がした。
そして本堂の前に行くと、久しぶりに理趣経がきこえてきた。

本堂の中で誰かが特別な祈祷をしてもらっていたのであろう。

理趣経は僧籍を持つ当院の子供が嫌という程唱えているのであまり好きではないのだが…

今日に限っては何故かそのお経がしっくりと胸の中にしみ渡り、心地よく聞こえてきたのだ。

そしてその時、理趣経の本当の意味深さを心から知ることができたような気がした。
皆さんはご存じだろうか。

真言宗や天台宗で常に唱えている理趣経は人間の愛欲をテーマにしている経典なのだ。
これは本当の話しで、お経自体を聞いても理解はできないが、

お経を訳してみると、全くもって愛欲についての内容が主となっているのだ。
私は以前より、仏前や霊前でなぜそんな内容のお経を唱えるのか少し納得できないでいた。

しかしようやく分かったのである。

人間の一番のテーマは「欲」であり、その中でも「愛欲」は一番のウエイトを占めているのかもしれないと。
理趣経は愛欲の流れについて詳しく訳しているお経で、我々人間の根底にあるのがこの「愛欲」だと理解できたのだ。

おそらく弘法大師は次のように考えておられたのではないだろうか。

「人は愛欲を消滅させて生きて行くことはブッダ(釈迦)でない限りできるものではない。

さすれば、その愛欲と正面から向き合い、そしてそれ自体を悟ることこそ理趣経の境地である」と…

人の心は日々変化する。

絶対と思われた愛さえ時間が経てば形をかえ、愛ではなく、割り切りや妥協、虚無というものに変わってしまうのだ。
勿論、仏教学を教える私はよく知っているつもりである。

だからこそ、真正面から来る真直な愛に対しては心の中では多大な感謝をしているものの、表面ではその逆の表現をしてきたのだ。

逆に言えば、偽りの愛に対しては誰よりも優しくなれるのかもしれない。
真直な愛を正面で受け、そして心から受け取り、それに対して心から表現をしてしまったのなら「諸行無常」という時間の流れによる変化が生じ、その愛自体が無くなったとき私は死んでしまうだろう。

だからこそ逆の表現をし隠し続けてきたのだ。
しかし、今日そのO.Sさんのけなげで一途な顔つきを見て、そして本堂から聞こえてくるお経を聞いているうちに私は少し考えが変わってきた。

それは真直な愛に対して真直な気持と態度で受け取り表現してみる事こそ理趣経の境地ではないかと。
そして万が一、時の流れの中で真直な愛に陰りが見えた時には、そこに発生する心の痛みを受け止めることで人間の心を成長させていく。その先にこそ真の悟りがあるのではないかと。
そして想う…
恋愛で傷つく前に先に相手を傷つけてしまう。それはまさに勝負であると。
そんなことを数多くしてきた者こそ傷つく立場を自ら選び、また、相手に傷を負わさない優しさこそ菩薩の境地ではないだろうか。
そんな菩薩に私はなりたいと思うのである。

愛について2

 

皆さんは失恋したらかなりしんどい方ですか?
それとも、スッキリする方でしょうか?

いったい、恋愛の本体とは何なのでしょうか?


私が、教えましょう・・・・


はっきりと具体的に言ってしまえば、全ては自分の中に起こり得る現象です。

相手のことを好きになるということ

それは、自分の中で起きている気持ちや思考の変化であり、相手が自分と同化し同じ気持ちになっているということではないのです。

ただし、生活を共にしたり、同じ時間を共有することによる「思考の統一化」の現象はおきます。

ですが、これは長く続くということはあり得ないのです。

例えば、頭が二つで体は一つという体ならば常に二人でいなければならず、よほどのことがない限りは、

二人が離れるということは死を意味します。

この場合、この二人は前世で同じ時に死を選んだ魂の生まれ変わりではないかと私は思うのです。

さて、話は元に戻ります。

私たちの場合、体と心は個々が一つづつ単体で持っており、特に体が他人と一番近くにあるのは(あの時)くらいのものです。

なぜ恋愛が終われば苦しいのでしょうか?

いや、苦しくなる場合とスッキリする場合もありますね!

では、なぜ二通りがあるのでしょうか?

ここで、恋愛の相手を自分の親や子供に置き換えて考えてみてください。


自分の親や子供と別れて、苦しいことはあるもののスッキリするということはありませんね。

恋愛というのに、血族関係はありません。もしあればかえって問題というものです。

しかし、自分の親や子供の関係では養子縁組でもない限り、自分の血の関係者となるのです。

いわゆる、愛にも二通りあって、内か外かということになるのです。
もう少し分かりやすく説明すると、
自分の内の対象か、外の対象かということです。

外の対象は切り離せても、内の対象は切り離すことができないのです。

だから、親や子と縁を切ってもスッキリしたということには絶対になりません。

実際に口にすることはあっても心の中からそう思っている人はいないのです。

もし親子の縁を切ったなら、その人は一生十字架を背負って生きることになるのです。

自分の親子に対する愛情は、いわゆる自分の現業内にある想いです。

しかし、恋愛になったり、また主人となったりすると、自分の外のカルマに向き合うことになるのです。

 

次へ続く・・・

 

愛について3

 

 

 

 

実はこうです・・・

 

その外(恋愛・主人)のカルマこそが自分の内のカルマに対する解消・解決の鍵となるのです。

内のカルマに対して、自分に内在しているものでは解消することはできまん。

よけいに現業が強まる一方なのです。
答えやヒントは外のカルマにあるのです。

しかし、外のカルマはいずれ内のカルマとぶつかり合います。
例えばそれが、妻からすれば主人に
「主人とは別れたい。でも、子供のことを考えたら別れられない…」
このこと自体が外のカルマとの衝突の時です。

そして、その問題が解決できない時は・・・その状態でもう一つの「外のカルマ」が与えられます。
それを「不倫」と呼ぶのです。

その不倫というものは、現業のカルマを家族というシステムの中で解消できなかった為に与えられたもので

あり、決して偶然ではないのです。
それは、依然として人生の修行の範囲から離脱したわけではなく、人生の修行の角度が変わっただけであり、

いずれはまた、内のカルマに対する解消をしなければならなくなるのです。

最終的な内のカルマとは、子供たちを超えて、

自分の中に内在する父や母、または祖父や祖母にさかのぼります。

貴方の内に在る、他者に対する愛情表現や他から受ける愛情の感情は、実は父母

または祖先の抱いていた感情そのものなのです。

例えば、貴方の父母が恋愛に対してかなり生真面目であり、良妻賢母であるのに対し、

貴方の色情が強く激しいものだったとします。

そんな時貴方は
「私の父母はあんなに大人しいのに、なぜ私はこんな感じなんだろう」

と思うでしょう。しかし、そう考える必要はないのです。

実は、その愛情に対する激しい感情こそが、あなたの父母のどちらかが無理に抑えてきたり、

また日々の生活や環境の中で埋もらせてきた感情の可能性が非常に高いのです。
この関係は、貴方の祖父母までさかのぼって考えなくてはわかりません。

だからこそ、その感情に対してどう向き合っていくかこそが、内のカルマの解消となるのです。

いわゆる、他者に対する愛情の感情。

すなわちそれは、内のカルマより発生するものであることを忘れてはなりません。

今は、昔のようにがんじがらめの時代ではありません。
自分の心がけ一つで他の愛情に遭遇する機会はどこにでもあるのです。
しかし、それがゆえに全てが自己責任の時代でもあるということを決し忘れてはなりません。

 

愛と向き合うためのキーワード

外に対するカルマの愛とは、

ともに傷つき、そしてその傷よりお互いが何かを学んで、そして互いに分かり合えるということです。

   

 

 

(慈母観音寺)

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